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娘は仏前に坐ると合掌し、
「人生って何て虚しいのでしょう……。」
と溜め息まじりに呟いた。そして、懐から発願文を取り出すと朗々と読み始めた。その声は小鳥のさえずりのように心地よいものだった。
発願文によると、彼女は海辺近くのとある村に住んでいたが、ある日その村が倭寇に襲われてしまった。人々はとにかく生命だけは取り留めようと四方八方に逃げて行ったが、身体の弱かった彼女は動くこともままならず、奥まった部屋に身を隠し賊が去るのをじっと待っていた。そして三年の歳月が流れたが、彼女を訪ね来る者は誰一人なく孤独な日々を送っていた……。
「ああ、これからも独り寂しく過ごしていかなければならないのでしょうか。もし縁があるのでしたら一日も早く取り結んで下さい……。」
発願文を読み終えた娘は、啜り泣きを始めた。
この有様をじっと見つめていた梁青年は
―仏さま、恩に着ますよ。
と心の中で礼を言いながら仏卓の下から出ていった。
突然現われた人影に娘は一瞬ひどく驚いたが、目の前の青年にどことなく心惹かれ、恐る恐る口を開いた。
「……これは仏さまの御慈悲なのでしょうか。」
娘の問い掛けに青年は
「そのようですね。」
と優しく応えた。娘の顔には喜色が浮かんだ。二人は、二言、三言、言葉を交わすと、やはり仏縁によるものか、すぐに意気投合した。そして、
「ここは、落ち着きませんので別の部屋へ行きませんか。」
と梁青年が誘うと娘は躊躇うことなく、それに従った。
この頃、万福寺は零落していたので僧たちは比較的まともな棟に集まって住んでいた。それゆえ、本堂近くの荒れ果てた部屋はどれも空いていた。その中で梁青年は眺めのよい庭に面した部屋に娘を連れていき、そこで楽しいひとときを過ごした。夜は更けていき、東の山に浮かび上がった月の光は、二人のいる部屋の窓を照らした。それとともに、外から足音が聞こえてきた。
「いったい、お嬢さまは何処へ行ってしまわれたのだろう……。」
足音の主は少女のようである。この呟き声を部屋の中で耳にした娘は
「あら、侍女が来たみたいです。」
と言いながら窓を開けた。そこには美少女が一人立っていた。娘は少女を呼び寄せた。部屋近くに来た侍女が
「お家の中門より外へは出たことの無いお嬢さまが、今宵に限って何故こんな所までいらしたのです?」
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