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と言いながら女主人の方を見ると何と端正な青年が座っているのである。未婚の女人が若い男と同室に居るのは決して良いことではない。侍女の表情からこのようなことを読み取った娘は
「すべては天の御意志と仏さまの御慈悲によるものよ。私は今宵、こうした善良な方と百年の佳約を結ぶことになったわ。」
と言いながら、梁青年の方に顔を向けた。そして、侍女に向かってこう命じた。
「父母に無断で婚姻を行なうことは礼を逸することだけど、今のような場合、そうも言っていられないでしょう。これから祝宴を開きたいのでお前、家に戻って必要なものを持ってきておくれ。」
娘の命を受けた侍女はすぐにその場を去っていった。間もなく、酒肴を手に戻ってきた侍女に娘は宴席の準備をさせた。侍女は手早く庭に席を設えた。準備が整うと娘は梁青年と共に庭に下りた。並べられた料理や酒、器はどう見てもこの世の物とは思われなかったが、娘に心を奪われている梁青年にとっては、そんなことはどうでもいいことだった。娘は青年に酒を勧め、そして侍女に歌を歌うように命じた。杯を受け取った梁青年は、侍女の歌声に耳を傾けた。
- 年令のわりに、ずいぶん古びた曲を唄う子だな
あ……。
梁青年のこうした胸の内を読みとったのか、娘は侍女の歌を遮り注意した。
「そんな時代遅れの歌では、梁さまが退屈なさってしまうでしょ。」
そして梁青年に向かって
「私が新しい歌をお聞かせしたいと思いますが如何でしょう?」
と許しを請うた。梁青年が拒む筈などなかった。
娘が歌いだしたのは、最近、人々の間で広く口ずさまれている恋歌の一つで、梁青年もよく知っている曲だった。和らかなその歌声は、その可憐な姿とともに青年の胸の奥深くに染み渡っていった。
歌が終わると娘は、溜め息をつき悲しげな表情を浮かべて言った。
「その昔、蓬莱山では佳縁を逃してしまったけれど、今日、瀟湘江で旧友に逢えたのは、まさに天の恵みと言えましょう。もし、あなたが私をお見捨てにならなければ、私はあなたに生涯この身を捧げるつもりです。しかし、あなたが私の願いをお聞き入れ下さらなければ私たちは永遠に天と地に別れ別れになってしまうでしょう……。」
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