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梁青年は、娘の大仰な言葉に少々驚いたが、その一途な気持ちにすっかり感激してしまった。
「どうして見捨てたりなどするものですか!」
こう応えて見たものの梁青年は、娘の態度が尋常でないように感じられ、その一挙手一投足をじっと見詰めていた。
そうこうしているうちに、月は西に傾き、遠くから一番鶏の声が聞こえてきた。
「そろそろ、お開きにしましょう。」
娘は、侍女に宴席を片付けるよう言った。侍女は器類をまとめると、それらを持って去っていった。
東の空は白み始め、辺りは徐々に明けていった。
「私たちの縁は、しっかりと結ばれました。これから、あなたを私の家へ御案内したいと思うのですが、おいでいただけますか?」
「はい、喜んで!」
さきほどまでの疑念を振り払うような口調で青年は応えた。もはや彼女が鬼神であろうが妖(あや)かしであろうが彼にとっては問題ではなかった。これほどまで彼を慕ってくれた人など今日まで誰一人無く、今後も現われないように思えたからである。
「では……」
娘が差し出した手を青年は握り、二人はそのまま外へ出て行った。
すっかり明るくなった通りには多くの人が往来していたが、誰も彼らのことを気に留めなかった。ただ、梁青年の顔馴染みが
「こんな朝早くから何処へ行くんだい。」
と声をかけてきたが、どうも娘の姿は見えていないようである。娘は青年の手を握りしめ、余計なことは言わないよう合図を送った。
「友人のところへ行く途中なんだ。」
「そうか、じゃあな。」
顔馴染みは、そのまま行ってしまった。
通りを抜け、二人は薮の中へ入っていった。草露に衣服を濡らしながらも二人は手に手をとって道無き道を歩いた。
「こんなところに人が住めるのか?」
梁青年が怪しむような口調で言うと娘は
「女の暮らす処は元来、こんなものなのですよ。」
といたずらっぽい表情を浮かべた。
「昔から言いますでしょ。女の住む処は蓬が生い茂り、塀は崩れかかり、池は水草に覆われているのが風情があっていいって。なまじ手入れが行き届いていては、つまらないと思いませんか?」
「そんなものなのか……?」
「ええ、そういうものです。」
こう言って娘はにっこりと笑ったので、梁青年もつられて笑みを浮かべた。
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