万福寺樗蒲記

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 やがて二人は、開寧洞というところに辿り着いた。葦が生い重なる先に小さな草ぶきの家が見えた。そこが娘の家のようだった。娘は梁青年の手を引いて、葦の原に分け入り、草ぶきの家へと向かった。 「さあ着きました、中に入りましょう。」  梁青年が案内された部屋には、既に酒肴の膳が用意され、奥には寝具が敷かれていた。料理は万福寺の時と同じものだった。  梁青年は、この葦原の中の草屋で三日の間、娘とこれまで味わったことのない夢のような日々を過ごした。彼は、このままずっと娘と一緒に暮らすことを望んだが、娘は四日目に次のように言った。 「ここでの三日は俗世の三年に相当します。あなたは、もう戻られた方がいいでしょう。」  思っても見なかった言葉に梁青年は愕然とした。娘と居られるのなら俗世など捨てても構わないのに。 「どうして、そんなことを……。私のことが嫌になったのか?」  梁青年の問いに娘は頭(かぶり)を振った。 「そうではありません。あなたは、まだ、こちらの人ではないので、本来ならば、ここには留まれないのです。ただ、私たちには縁がありましたので、こうして一緒に過ごすことが出来たのです。それ故、お別れしましても、すぐにまたお逢いできるでしょう。取り敢えず、今はお戻り下さいませ。」  こう娘に説得させられた梁青年は、俗世に帰ることを承諾した。 「お別れにお友だちを呼んで宴を開きたいのですが、よろしいかしら?」 「構わないよ。」  梁青年が快諾すると、娘はさっそく侍女に友人たちを呼びに行かせた。その間に娘は宴席を整えた。  間もなく外から賑やかな話し声が聞こえてきた。 「お連れいたしました。」  侍女の言葉に、娘は 「入って頂いて。」 と、友人たちに部屋に入ってもらった。  部屋の戸が開くと、そこには四人の美しい娘の姿があった。服装や髪型から見て、いずれも相当の家柄の子女のようである。 「まあ、こちらが貴女の夫君?」 「素敵な方じゃない!」 「万福寺って寂びれているけど霊験はあらたかなのね。」 「私も今度行ってみようかしら。」  娘たちが梁青年の品定めを始めたので、当人は戸惑ってしまった。その有様を見た娘は 「皆様、お静かになさって。旦那さまがびっくりなさっているわ。」 と牽制した。そして梁青年には次のように言い訳した。 「驚かれたでしょう。ここは俗世とは違うことがいろいろあるのですよ」
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