万福寺樗蒲記

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― まったく、その通りだ!  梁青年は、これまでそれなりの家の娘が男の前で騒ぐことなど一度も見たことが無かったのである。 「あなた、お友達を紹介しますね。」 こう言って、娘は一人一人紹介し始めた。 「まず、こちらが鄭さん。」 「初めまして。」  豊かな黒髪を耳を覆うようにふんわりと、雲のように結った鄭氏は明朗な性格のようで話し方もはきはきとしていた。 「こちらは呉さん。」 「お目にかかれて嬉しいわ。」  二つに分けた髪を左右で小さな髷に結った呉氏はほっそりとして儚げに見えたが、その表情や話し方は情熱的だった。 「こちらは金さん。」 「お会い出来て光栄です。」  きっちりと結い上げた髪がつややかな金氏は、落ち着いていて生真面目な印象を与えた。 「そして、こちらが柳さん。」 「初めまして。」  他の三人に比べ、地味な髪型、服装をしている柳氏は、性格もおとなしいようで、声も小さく、話し方も控えめだった。  初対面の挨拶が一通り済むと、娘たちはそれぞれ梁青年に詩を贈った。彼は、その一つ一つに答詩をしたが、どの詩もとても見事で、彼女たちの教養の高さを窺わせた。 「皆さん、詩が本当に上手ですね。うまく応えられなくて申し訳なく思います。」  感嘆したような口調で梁青年が言うと 「とんでもございません。拙いものばかりでお恥ずかしい限りです。」 と鄭氏は恐縮したように応えた。 「詩の方はこのくらいにして、今度は歌を歌いましょう。」  こう言いながら、娘は琴を引き寄せてつま弾き始めた。琴の音に合わせて四人の娘は、得意とする歌を交互に披露した。 「次は梁さまの番よ。」  呉氏が梁青年にも歌うことを求めた。 「私は音曲は苦手なもので……。」 「呉さん、無理強いはよくないわ。」  娘は笑いながら制した。  こうして楽しい時はあっという間に過ぎていき、宴はお開きとなった。  四人の娘は帰って行き、梁青年と娘の別れの時も近づいてきた。一度は納得して見たものの、やはり別れは辛かった。悲しげな表情を浮かべている梁青年に娘は銀製の椀を手渡した。 「これをお持ちになって。これがあれば、私たちはすぐに会うことが出来るでしょう。」
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