万福寺樗蒲記

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 受け取った銀椀を見詰めている梁青年の片手に自分の手を重ねながら娘は、青年に立つよう促した。 「お帰りの道が分からないと思いますので、途中までお送りしましょう。」  二人は来た時と同じように手をつないで外へ出ていった。葦の原を抜け通りに出ると 「私が御一緒できるのはここまでです。」 と言って手を離した。 「じきに再会できますから、そんなお顔なさらないで。」  暗い顔をしている梁青年に娘は笑顔を送った。そして、そのままもと来た道を戻って行った。梁青年は後を追おうとしたが、足が動かなかった。 - じきに会える……。  心の中でこう呟いた梁青年は、何故かすぐに娘に会えるという確信めいたものを感じた。いつのまにか足は動いていた。気が付くと十字路に差し掛り、大層な行列に出会った。行列が行き過ぎるまで、梁青年は他の通行人たちとともに、その場で待つことになった。多くの供の者を従えた行列の中央には豪華な輿と車が見えた。人々の話によると、行列はとある名家の娘の法要のためのもので宝蓮寺に向かっているということだった。 「おい、あの青年の持っている銀椀はお嬢様の明器(死者と共に葬る器物)ではないか。」  行列の従者の一人が梁青年を見てこのように言った。これを聞いた別の従者も梁青年を見た。 「ああ何てこった。もう掘り出されて市中で売られているとは……。」 従者は急いで主人のところへ知らせに行った。  話を聞いた主人は馬から降り、梁青年に近付いた。 「君、これを何処で手に入れたのだ?」  主人の問いに梁青年は 「信じて頂けるかどうか分かりませんが……。」 と前置きをして、これまでの経緯を話した。話を聞き終えた主人は 「君が会ったのは、たぶん、うちの娘であろう。倭寇に殺された後、開寧寺のそばに仮葬したまま、きちんと葬儀も出来ずに今日まできてしまった。そんな娘のために、これから法要を行なうのだが、君も来てはくれないだろうか。」 と梁青年に同行を求めた。梁青年は喜んで応諾した。 行列の先頭が宝蓮寺に入って行く頃、最後尾を歩いていた梁青年を呼ぶ声が聞こえてきた。それは、彼にとって忘れ難いものだった。振り向いた彼の前には侍女を連れた娘の姿があった。梁青年は嬉しくてたまらなかったが言葉は出てこなかった。 「すぐにお会い出来ましたでしょ。」
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