第一話 Division of Property

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 狭くて、カビ臭くて、でも落ち着く空間が出来上がった。  きっと今、僕の目は大きく見開かれていることだろう。誰かが見ていたら、今にも眼窩からはみ出てしまうのではないかと心配してしまうかもしれない。キョロ子の渾名は伊達ではないのだ。  変なあだ名だけど、眼が大きいことを褒められて嬉しくない女子は少ないと思う。  最近は極端なイメチェンによってカリアゲ子と呼ばれる事もあるけど、それは語呂が悪いのでやめていただきたいところだ。大体からして、髪の毛をめくり上げなければ刈り上げ部分は見えないのだし。  この空間を掃除するために買った百均のゴム手袋を外して放り投げ、汚れ防止に着ていたジャージの上下を脱ぎ捨てて体育着姿になる。  梅雨の晴れ間に長袖のジャージは自殺行為だった。五分丈くらいあるハーフパンツに、分厚い綿シャツは恐ろしくダサい。昨今は防犯上の理由で、ゼッケンの縫い付けすらされていないただの白シャツというのがせめてもの救いか。 「さて、始めますか」  独りぼそっと呟く。  愛用している男物の無骨だが小ぶりのバックパックから、分厚いバインダーを引っ張りだした。海外の弁護士事務所らしき名称が箔押しされた、大理石柄のバインダーだった。  それは、父から母への氷塊の如く冷たく、死刑宣告の如く陰惨なラブレターだ。  一番最初のタイトルページからしてげんなりする。 「でびじょん・おぶ・ぷろぱち~!」  とりあえず、気分が沈まないように書いてあるタイトルを必殺技風に叫んでみたが、無駄だった。 『Division of Property』、要するに、離婚時における財産分与の手続書類だ。
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