第一話 Division of Property

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「完成…!」  自分でもわけの分からないポーズを取ってから、内側に引く事で開く小窓を開けると、ねっとりとした六月の風が流れ込んできた。でも、十分涼しい。しかもかなり古めかしいが、コンセントもある。  試しに携帯の充電器を挿して見ると、しっかり充電された。携帯電話の充電は教職員の許可が必要だから通電確認だけだけど。  日が短い冬場でも、電気スタンドさえあればなんとかなりそうだ。寒くて無理かもしれないけど。それ以前に、冬までこの高校にいられるかも分からないんだっだ。  バインダーを開く。 「Chapter 1 CASH」、要するに現金についてを読み進める。夫婦生活中に稼いだ現金についての分割。均等分割するらしい。分かりやすくて助かる。 「早かったねぇ」  独りごちるという表現はこういう事を言うんだろう。  父と母の結婚生活は、たった二年強で幕を閉じようとしていた。 「今度はどこへ連れて行かれるんだろうなあ」  独り言ばかり口をついて出る。気弱なのに放浪癖のある父の気まぐれは太平洋を越えることも厭わないので、心配は尽きない。  どうでも良い事だが、一人称を「僕」としているのは、僕の脳内人格に性別の設定が無いからだ。  他人と話す時は普通に女子としての一人称を使う。しかし脳内で「私」や「あたし」は長過ぎる。二文字の「僕」が適当だと感じたまでだ。  自分でも変なところにこだわっていると思う。でも、僕に取って頭の中は大切な逃避先だから、このこだわりを捨てるつもりはない。  気を取り直して最初のページを開こうとしたところで、いきなりつまづいた。  どんな印刷をしているんだこれは。紙同士がインクでベッタリくっついていた。酷く石油臭い。慎重に剥がしながら読み始める。  案の定、レターサイズというA4よりもちょっとだけ大きい紙に二列レイアウトでびっしりと英語が書いてあった。読めるには読めるが、難しい単語だらけで訳が分からない。  でも、英語がある程度とはいえ出来るのは父を除いて自分だけだから、母のためにもなんとしても読み進め、最後の方に添付されている色々な書類に何をどう記入すべきかを解き明かさねば。
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