第二話 Relatives

1/6

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ

第二話 Relatives

 僕は十一歳から十四歳の間だけ、太平洋の向こうにある国力世界一を宣う国で生活していた。  あまり心の強くない父が、何の歯車が狂ったのか知らないが、アメリカで貿易商を始めると宣言し、本当に実行してしまった。貿易の仕事にずっと憧れて、英語だのスペイン語だのを習っていたらしい。そういうところは少し格好いいけど、同時に少し馬鹿なのかと疑った。  やたら転勤の多い過去の仕事から脱却したいと常日頃から言っていたのは良いのだが、今度はアメリカかと、幼いながらに呆れてしまったものだ。  そして、突然帰国して、生まれ故郷に骨を埋めると宣言したかと思うと、結婚、いや、再婚なのかもしれないが、そんなものまで決めてしまっていた。  でも、その決断には今も感謝している。僕に母と兄を与えてくれた。たったの二年だけでも、その点については感謝したい。  特に母には感謝してもしたりない。母のためにも、この財産分与についての書類なんて高度な内容を、少しでも分かるようにまとめなくては。僕と父以外英語は一切出来ない。つまり、母を助けられるのは自分だけだ。そうだ、実の母のために頑張らなければ。  僕は物理的な母親の顔すら知らないから、今の母こそ、僕にとっての実の母親で、その考えを譲る気は無い。  ただ、いずれその関係を忘れなくてはならない。だからこそ、この糞みたいな書類に書いてある意味をまとめるくらいの貢献をしてから出て行きたい。そうでもしなければ、二年余り母でいてくれた人に顔向けなんて出来ない。  今日だっていつもと変わらず、仕事の合間を縫って夕食の献立をメールしてくれていた。早く食べに帰りたい。いや、早く母の顔が見たい。  こんな状況にあっても、母の料理は美味しくて沢山食べてしまう。  アメリカ帰りでぱんぱかりんに太っていた僕が、母と兄と暮らすようになって、毎日たくさん喰い散らかしていたというのに、すぐに適正体重に戻る事が出来て、再会した幼馴染達につけられた、腹周りパッツンパッツンのパツ子というあだ名を一年余りで返上し、元のキョロ子に戻れたのは母のおかげだ。  最低限の女子のたしなみしか分からなかった僕に、女子が知らなくてはならないあらゆる事柄を教えてくれたのも母だった。  そう、今の楽しい生活は、全部母がもたらしてくれたといっても過言ではない。  うん、お母さんが大好きだ。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加