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さすがに今回ばかりは猫と言えども、命が絡んでいる。この僕でも文句を言いたくなって、
「あのなぁ……」
と言いかけたところで、声は遮られた。
「兄さん、ごめんね」
口達者で、不穏な空気からスルリと抜けるのが得意な妹が、ぼそりと零した言葉に不意を突かれた気分になり、半開きの僕の唇は数度、ぱくぱくと息だけを吐いて閉じる。
「ちょっとベランダ借りていいかな」
表情が見えないほどに下を向いたままの妹は、返事を待つことなく僕の横を通り抜け、速い足取りでベランダへと出てしまった。
ベランダと部屋の境界線である窓ガラスはしっかりと締められている。
夕陽の差す背中。手摺りに腕を乗せ、風に髪が揺られる。たった一枚の透明なガラスに隔られているだけで、向こうとこちらの世界は全く別の次元のような錯覚に落ち入りそうで、
そう。まるで、一枚の絵を見ているようだった。
一体、何を見て、経験をして、その胸の内にどんな思いを抱えているのだろう。
無粋にそれを聞くことは出来ない。
そっと、見破ってもらう為の嘘を書いた紙をテーブルに置いて、僕は部屋を出た。
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