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食事を終えると兄と弟は車に乗った。父と母が見送る中、兄の運転する車は空港へと向かい走り始めた。少しして弟が口を開いた。
「さっきはごめん。俺が日記のことを憶えていればなんてこともない話だったのに。」
兄はカーステレオの音楽をかけた。兄の好きなジョン・レノンのソロアルバムのワーキングクラスヒーローという曲が流れた。
「親父が言った通り、今度いつ会えるかわからないわけだし気にしないでおこう。」
窓からは夜露に濡れた田畑が広がっている景色が見える。人通りは無く街灯が少なくて辺りは暗かった。淋しげで小寒い光景だった。
車中ではアコースティックギターとジョン・レノンの歌声が響き渡っている。お互い無言で過ごすのは申し訳ないと思ったのか、どちらともなくよそよそしい会話をし始めた。
「東京で上手くやっているのか?」
「ああ。幸か不幸か世渡りは上手らしい。」
「変な詐欺とかやってないよな?」
「大丈夫だって。そんなことしないよ。」
「おまえは平気で嘘をつくからな。何もかも信用できるわけではないけど…とにかく、借金を背負うくらいだったら無一文でもいいから帰って来いよ。うちの様子を見てわかったと思うが親父もお袋も俺も精一杯働いてなんとか喰っていける状態だ。地元の景気は決して良くない。仮におまえが借金でも背負ったとしたらとてもじゃないが助けてやれないよ。しつこいかもしれないが念を押して言うぞ。そうなる前には帰って来いよ。待遇はそんなに良くないけど仕事は紹介できるから。」
「わかったって。心配症なんだから。」
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