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カフェにて
「まったく、だせぇ……」
誰かが云った。
「毎日が同じことの繰り返しでさぁ。だりぃし……」
いつものカフェ……。
いつもの奥の目立たない席で2杯目のコーヒーを啜った時に、その気だるげな声が入り口から聞こえてきた。
音無奏が一瞥するとそこには大学生らしき数人がスマフォ片手にカウンターに並んでいるところだった。
「だりぃのはこっちだっーの……」
音無は、げっそりとした調子で呟いた。
毎日が同じことの繰り返し……確かにそうだった。
2流大学を卒業し、伯父のコネで就職できた製薬会社。営業課に配属されて漸く1年が経とうとしている。
3か月で同期にやや差をつけられ、半年で完全に差をつけられ、1年目にして完全に置き去りにされたことを知った。
今では仕事もやる気がおこらない。
今日も今日とて午前中からパチンコ屋、午後は公園のベンチでハトにエサやりながら時間をつぶし、夕方からカフェの奥のテーブルに陣取りコーヒー3杯で閉店までの4時間を粘るつもりだった。
先ほどの学生たちがナンパした女の子と撮ったらしきプリクラをテーブルに並べ、聞くに堪えない下ネタで盛り上がっている。やがて学生たちが去り、入れ替わりに会社帰りのOL数人がそのテーブルを占領した。その後も周囲のテーブルは客が何組も入れ替わり、雑談が途絶える事はない。まったく人の流れがないのは音無が陣取った一番奥のテーブルだけだ。
やがて閉店時間となり、後片付けに忙しいスタッフたちの冷ややか視線を背中に浴びながら店をでると週末の夜に向かって1歩、踏み出した。
同時に救急車がサイレンを鳴らして交差点の角を曲がってゆくのが視界に飛び込んでくる。何気なく腕時計を見た。21時をすこしまわっていた。
この間の社の定期検診あたりから時間の感覚が少しおかしくなっている。まるで現実の世界にいるようなリアルな夢を見ることが多くなった。
「やっぱ、ストレスなのかな」
重たい足取りで自社の玄関前まできた時、黒い影が目の前を覆った。次いでコンクリートを叩く激しい衝撃音。コンクリから足に伝わってくる鈍い振動。
音無はその場に尻餅をついた。
ゆっくりと目を開けるとすぐ目の前に女がいた。仰向けで地面に倒れた状態で首だけが音無に向けられていた。
女が最後に見つめていた風景の中にオレが勝手に重なったのだ、と音無は思う。
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