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噂できいたことがある。
入社から1年後、業績の伸びが悪い不良社員に対してうつ病を克服させ、精神力を向上させる精神刺激薬を投与していると。しかもその薬品は実験段階中の試薬品だという話。それが本当だとすると社員を使って人体実験を行っている事になる。
この会社がブラック企業とネタにされる1つに社員の自殺率の高さがあった。情緒不安定に陥りやすいのも薬の副作用が原因だとか、なんとか。もちろんそんなのはただの噂にすぎないのだが。
響しずかは若くて美人だが決して優秀な社員とはいえない。人気はあるが、仕事上のミスは多く、残業も嫌がるので上司の評価は低かった。
もしかして彼女が飛び降りたのは、試薬のモルモットに選ばれたとのと関係があるのでは……と少し疑っていたのだ。
「あんな噂信じるなんてバカだよな、オレも」
ホットしたのも束の間だった。2人の争う声が耳に飛び込んできた。風の音が煩く、距離があるのでなにを言っているかはよく分らない。
「この…… にするかよ……!」
男は掴みかかってきた響と揉み合い、咄嗟に響の身体を突き飛ばす。響の身体は壊れたフェンスを突き破り、脱げた片方の靴を残して宙に舞った。
「響さん!」
音無は声を上げる。その声に驚いて振り返った男と視線がぶつかった。
「山本……」
音無は力が抜け、その場にへなへなと尻餅をつく。
「なんでだよ、山本……」
ふいに腰に激痛が走った。どうやら椅子から転げおちたらしい。
近くの席に座っていた女子高生の笑い声が聞こえた。
「どうして山本が……」
振り返ったあの男は同じ営業課の山本だった。同期だが自分とは比べものにならないぐらい仕事もできる。出世は約束されたも同然の人間だ。目の前に開かれた輝く道に向かって背筋を伸ばして堂々と歩いてゆけばいいだけだった。
それなのに、一体どうして……?
「どうして山本が響さんを……」
床に尻餅をついたまま音無はゆっくりとかぶりを振る。
「まったく、だせぇ……」
いつの間にか大学生の一団がカウンターに列をつくっていた。
「毎日が同じことの繰り返しでさぁ。だりぃし……」
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