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「山本……やめろ!」
音無は叫びながら、山本に飛びかかっていった。いきなりの同僚の登場に山本は驚くが、しかし、すぐに体勢は崩され、逆に山本が馬乗りになり音無を殴りはじめる。
「仕事もできないくせに正義感ぶってんじゃねぇぞ、音無!」
次の瞬間、音無の頬に生温かい液体がふりかかった。同時に山本は音無の身体の上にぐったりと倒れかかる。音無は響を見た。屋上に転がっていたのだろう錆びたパイプがその手に握られていた。
「響さん……」
「あいつは私を殺そうとした。この私を……」
血に濡れた錆びたパイプを握りしめたまま、響は呟いた。
「オレはただ、止めたかったんだ。キミのこと守りたかったんだ……でも、まさか代わりに山本が死ぬなんて」
そして、目が覚めた。
21時まで、あとたっぷり4時間はある。
入社して初めて会った時から、音無はずっと響しずかの事が好きだった。だが自分のような仕事もできないへまばかりやってる人間なんて彼女に相手にされないのは分っていた。だから諦めていた。今まで本気でなにかをやろうと思ったことなんて一度もなかった。
志望校のランクを落として、無難な高校を選んだ。大学もそんな感じだった。4年間かけてキャンパスに通い、やりたい職業もとくに思いつかなかった。なんとなく伯父のコネで内定が決まったので製薬会社に入社した。
音無はレジに並ぶ大学生達の横をすり抜けカフェを飛び出す。今度は屋上ではなく自分と、そして響が勤務している部署に向かうために自社のエレベーターに飛び込んだ。
部署に向かう途中の給湯室で響しずかの姿を見つけたのは本当に偶然だった。幸いにも周囲には人はいない。音無はすぐそばの無人の会議室に響しずかをひっぱりこんだ。
「音無くん、どうしたの?なんなのよ」
響しずかは不安そうな表情で音無を見る。
「キミが山本に惚れてるのも知ってる。でもオレ、本気だから」
「音無くん、どうしてあんたが知ってるのよ」
すっとんきょうな声が室内に響いた。
「キミがあいつの子供を妊娠している事もオレ、なにもかも知ってるんだ」
「なにもかも?」
ふいに響しずかの表情が厳しいものに変わった。構わずにしずかに距離を縮めると、彼女の両肩を強く掴んだ。
「オレはあなたが好きです」
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