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「モーターショーに来たって、デトロイトからだったわよね?」
うん――。
低く言って頷いた彼は、何かを思い返すように
一瞬、言葉を切る。
「あの時さ、俺、賭けたんだ」
しぼり出すように言った彼は、
わずかに言葉を切って、おもむろに自分の頭を両手の中に抱え込んだ。
そして、ひと息つき、再び頭をあげると俯いたままで続ける。
「女々しいと思うけど、ずっと俺、
どうしても美沙ちゃんを忘れられなかった」
だがその一方で、やはりその想いを吹っ切らなければと
元の奥さんと付き合って。
そして、そろそろ結婚をと彼女とも彼女の両親とも話が煮詰まってきたのが、
あの頃だったという。
「だけど俺、やっぱりなかなか踏ん切りをつけられなくてさ。
だから俺は、あの賭けをしたんだ。
もしも、美沙ちゃんが俺のことを過去として忘れてたら、
俺は、結婚をして新たに生まれ変わったつもりで生きよう。
だけど、もしも美沙ちゃんが憶えててくれたら……」
しかし、最後の言葉を呑み込んだ彼は、
そんな事は、どうでもいいとばかりに激しくかぶりを振る。
私は、その彼を見ながら、当時の自分がどんな風に彼と電話で話したのかを
必死に思い出そうとしていた。
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