憧れと嘘【2】

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 雨の匂い。湿った風が、皮膚に纏わりつく感触。  僕を背負った桧山の確かな足取り、その力強さ。有無を言わさず、ぴったりと密着しまくった全身から伝わる体温と、汗のにおい。  うわぁ、駄目だ。この状況と体勢、駄目だよ。やっぱり無理。  膝の痛みに逃げようとしてたけど、それ以外の感覚全てで現状にドキドキしてるし、『好き』が再認識されるんだ。こんなの拷問だよ。無理無理っ。  よ、よし。もう幹線道路まで戻ってきてるし、この辺で下ろしてもらおう。 「先輩」 「はいっ! なっ、何っ?」  しまった。声が裏返った。  緊張状態MAXのところに突然話しかけられて、ぴんっと背筋を伸ばして変な声で返事をしてしまった。怪しさまでMAXだ。  どうしよう。おんぶされて緊張してるってバレた? ドキドキしてるってバレた? まさかだけど、ひた隠しにしてきた好意がバレ……バレ……。 「すみませんでした」 「バレバ……え?」 「俺が先輩の言うこと聞かなかったから、こんなことになった、マジ、すみません」  痛い。胸が。桧山からの思いがけない謝罪で、ドキドキがドキンドキンドキンっに跳ね上がった。  激しい鼓動で大きく波打った胸の皮膚が、つきんつきんっと引きつる。『マジ、すみません』と最後につけ加えた桧山が不意に顔を傾け、その唇が、桧山の肩に掴まってる僕の腕に触れたから。  何気なく横を向いた拍子の、偶然。たまたま顔を向けた先に僕の二の腕があって、回避する間もなく唇が擦れただけっていう偶然。そんなの、わかってる。  でも、他人に触れられることなんてない柔らな部分に好きな相手の唇がチュッて触れた感覚と事実に、僕の頭は有り得ないくらいに沸騰してしまった。
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