憧れと嘘【2】

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「ち、違う。今のはっ」  しまった! 絶対に『好き』って言わないようにって自分に言い聞かせてたところに不意打ちで桧山が変なこと言ってくるから、気がついたら『嫌い』を連呼してた。というか、『可愛い』って、何っ? 「嫌い、ですか? 俺のこと」  はっ! 違う、違う。今は、わけわかんない『可愛い』より、『嫌い』の言い訳だ! 「違っ……桧山のことじゃなくて……こ、この体勢がさ。やっぱり先輩として、後輩におんぶされてるのは恥ずかしくて嫌だなって思って。それで思わず……驚かせて、ごめん」 「あぁ、そういうこと。気にしなくていいのに」 「いや、そんなわけにはいかないよ。先輩なのに、後輩に迷惑かけてるんだから」  上手く誤魔化せたかな? それで、誤魔化しついでに、おんぶから解放してもらう? ちょっとだけ寂しいけど。 「迷惑じゃない。俺の我が儘のせいで先輩が怪我したんだから、俺が責任取るのは当たり前だし。先輩、思ったより軽いし……ぎゅってしてくれてんの、普通に嬉しいし。憧れの選手(ランナー)を独り占めできて俺得だから、問題ないっす」 「桧山? えーと、すごく悪いんだけど。途中、よく聞こえなくて。できたら、もう一回、聞かせてもらえる? 僕が思ったより軽い、の後、なんだけど」  早口でたくさん喋ってくれた気がするんだけど、ちょうどその時、すぐ脇を通り過ぎていった路線バスのエンジン音で桧山の声がかき消されてしまったんだ。  『思ったより軽いし、だから問題ない』とだけ言ったのかもしれないけど。途中、微妙な言葉の溜めがあったような、そんな気がしたから尋ねてみることにした。 「いや、いいっす。たいしたこと言ってないんで。それに、今、言うことじゃなかった。忘れてください」 「あ、そう? うん、わかった」  今、言うことじゃなかった、の意味が全然わからないけど、僕は頷いた。最後に桧山がつけ加えた『忘れてください』が、ひどく雄弁で。この話題は、ここで切るべきなんだと感じたから。  その後、学校に着くまで桧山はひと言も話さず。僕も、その背に黙って背負われ続けた。  どこか居たたまれない空気感と、行き場のない片想いの熱と痛みにひりひりと精神を苛まれながら。
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