憧れと嘘【3】

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「うわ、今日は一段と寒いなぁ。雪でも降りそうな空ですよ。隼先輩」 「ほんとだ。すごく冷え込んでる。ウォーミングアップ、念入りにしなくちゃだな。智穂もしっかりやるんだぞ?」 「はいっ」  部室棟に繋がる渡り廊下。ちょうど途中で行き合った智穂と一緒に足を止め、見上げた空は、今にも雪が落ちてきそうな鉛色の曇天。季節はいつの間にか晩秋を過ぎ、初冬へと入っている。  身ひとつで天候と戦うスポーツに打ち込む僕らにとって、ずっと目指してきた大会は目前だ。 「そういえば、智穂。この前、ロードワーク中にグローブを落としたって言ってたけど、新しいの買ったか?」  ふと気になって尋ねてみた。確か数日前、強風の日に紛失したと聞いていたから。冬場の長距離走にはランニンググローブは欠かせない。寒風の中、体温を下げないための必須アイテムだ。 「はい。その日、すぐ買いました。色違いで八種類。これで七回はうっかり落としても大丈夫です」 「あははっ! お前、七回もうっかりしないだろ」  ぽわぽわした外見のわりにしっかり者の智穂が七回も同じ落とし物をするわけがない。まぁ、でも、にこにこ笑ってる顔が可愛いから、いつも通り頭グリグリしておこう。 「伊勢谷先輩、今日の練習メニューで相談があるんですけど。いいっすか?」 「桧山っ? あっ、うん。わかった」  声が裏返った。でも仕方ない。智穂に向けて伸ばしてたはずの手が、途中で手首を掴んできたヤツによって向きを変えられ、そのまま強引に歩かされてしまったから。この感覚、ひさしぶりだ。  あの残暑の雷雨の日。僕が転んで怪我をした、あの日以来、それまで何をするにも自分中心だった桧山はその様子を一変させた。  僕がひそかに好ましいと思ってる我の強さは、なりを潜め、僕を気遣いながら淡々と練習に打ち込む姿に変わっていたのに。今日は元の桧山に戻ったかのようだ。  うわぁ、ヤバい。こんな不意打ち、困るよ。ドキドキする。
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