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――*――
「おい、隼」
ウォームアップの最中、ペアを組んでる先輩が、僕の二の腕をふるっと揺らす。上腕を伸ばすストレッチ中だった先輩の肘が、僕のそこを、つんっと軽くつついてきたんだ。
「はい、何ですか? 静流先輩」
「今日も来てるぞ。どっかの中坊」
「えっ? あ、ほんとだ。熱心ですねぇ。うちを受験するのかな?」
「に、決まってるだろ? まぁ、もう年末近いのに、毎週末、練習の見学に来てるようじゃ受からないかもだけど」
「静流先輩……」
ストレッチを終え、ジャージを脱ぎながら立ち上がった先輩を、芝生の上に座ったまま見上げて苦笑した。
そして、色素の薄い先輩の茶瞳が向いた先。他校の名称入りのジャージを着た短髪の中学生を目に映し、苦笑を深める。
ひとつ上の先輩、伊澄静流先輩は、その名の通り普段は物静かで穏やかな人柄だ。が、その優しげな風貌からは想像できない、きつい物言いがチクリと放たれる時もあったりする。今のように。
けど、静流先輩には悪気は一切ない。ただ正論を口にしてるだけなんだ。今の中学生への言葉も、純粋な感想。
僕たちの学校、祥徳学園は、幼稚舎から大学まである、都内でも指折りの進学校。内部進学生が多いため、外部受験者の募集人数は少ない。その上、スポーツ推薦枠は無し。つまり、ひと言で言えば難関私立だ。
受験のひと月前のこの時期に毎週のように、ほぼ半日、練習の見学をしてるようじゃ、うちの入試にはきっと受からないんじゃないかな。よほど優秀でない限り。
「じゃあ走ろうか、隼。あの中坊、どうせ途中で併走してくるだろうけど。そんなの、いちいち気にしてられないからね」
「はい」
静流先輩の予想は、きっと当たる。そう思いつつ、僕もジャージを脱ぎ捨てた。きんっと冷えた冬の空気に腕と足を晒し、身が引き締まる。
風にさらりと髪を靡かせ、大きく伸びをしてる先輩の横に並んだ。軽く息を整える。念のため、靴紐の調整もしておく。
あの中学生は、静流先輩のファンなんだ。いつの頃からか、週末の部活でロードワークに出る時、静流先輩に併走するようになった。ファンというよりは、ライバルのように張り合ってるように見えるのが可愛いと思う。
静流先輩と、その先輩に負けず劣らずの美しいフォームを披露する中学生。二人の走る姿を後ろから追いかけるのが、僕の週末の恒例に、いつの間にかなってしまっていた。
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