憧れと嘘【5】

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「い、今の……」  聞き間違い、かな? 今、桧山が〝何か〟を叫んだ気がするんだけど。  僕の耳がおかしいのかな。それがさ。す、好きって……『好き』って聞こえたような、そんな気がするんだ。 「ひや、ま? 今……」 「帰ります。怒鳴って、すみません」 「えっ? ちょっ……えぇっ?」  何、この急展開! 「桧山! どこ行くんだっ?」  わけ、わかんない!  突然、豹変して怒り出したかと思ったら、バックハグっていうの? 後ろから抱きしめるみたいな体勢でたくさん怒鳴ってさ。で、その最後の叫びを確認したくて僕が振り向いたら叫んだ当人が顔を背けてパッと離れていった。 「桧山、待てよ!」  そのままバッグを持って改札口への階段を駆け上がっていくから、それを追いかけて僕も駆け上がってる。二段飛ばしで。  というか、今、気づいたけど、ホームに他の乗客はいなかった。良かった。桧山にぎゅってされてたあれ、誰にも見られてなかったよ。やれやれ。 「桧山ぁっ!」 「うわっ」  やれやれな安心感のおかげか、それとも僕は手ぶらで身軽だったせいか。改札口手前で、逃走者をひっつかまえることに成功した。 「くっ、苦しっ」  あー、苦しいかぁ。そうかもね。だって、僕が鷲掴みにしてるの、お前のパーカーのフードだから。ちょうど掴みやすい感じで学ランからはみ出てくれてて助かったよ。
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