憧れと嘘【1】

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 智穂に、悪いことをした。桧山の暴言をちゃんと謝らせることができないまま出てきてしまったよ。のんびり屋で素直な智穂だから、余計に申し訳ない。 「桧山。さっきの態度は良くないぞ。後で智穂に謝らないと、だぞ。いいな?」 「はい……わかりました」  カフェテリアのオープンスペース。一番端のテーブルに向かい合って座ってから静かに諭すと、少し悔しそうな表情で返事が返ってきた。頼りなくて実力もない平凡な先輩に注意されて、きっと本当に悔しいんだろう。  だって兼子は伊澄先輩とペアなのに、と呟きが聞こえてきたから、自分が憧れてる静流先輩とペアを組んでる智穂への嫉妬からの攻撃だったのだと、わかる。  ごめんな、桧山。憧れの静流先輩じゃなく、僕が練習相手で。  けど、顧問が決めた練習のペアは、一年間は変わらない決まりなんだよ。だから、実力が足りなさすぎて足を引っ張るだけしかできない僕にお前が苛ついて見下してるのを知ってるけど、僕もペアを代わってやることは無理なんだ。 「じゃあ、やりますよ! 打ち合わせ!」 「うん」  僕も、お前に悪いと思ってるから、こうして振り回されてる。お前のやりたい練習メニュー、先輩なのについていけない時があるの、本当に恥ずかしいけど頑張ってつき合ってる。 「まず、月曜日ですけど――」  僕の向かいで、指定用紙に練習メニューの記入を始めた相手の短髪を見やる。  ――ふふっ。この髪、去年の冬はもっと短かったなぁ。  ついつい口元が綻ぶ。懐かしく思い出す。  ほんの十五分ほどの居眠りの間、僕は、昨年末の『あの日』の夢を見ていた。  静流先輩とペアだった僕の目の前を走っていた、美しいフォームの他校の中学生。あの子は、桧山千里(ひやま せんり)だった。
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