千年を生きてきた人

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都会の朝。慌しく人々の行き交う雑踏の中、決して目立つわけではないのに、その人一人の存在だけが光を放つように浮き立って見えた。 それは、その男を初めて意識して捉えた瞬間の印象だった。 初めて見るはずなのに、懐かしい感じのある人…。吸い込まれそうに深い眼差しは、切ないほどで、私をジッと見つめている…。 どこかで会ったことのある人だろうか…。同じ人ごみの中で、ふと振り返って確かめると、もうそこには見慣れた人の波があるばかりだった。 思わず、その姿を探しに走り出したくなったが、もう時間の猶予はなかった。急がないと、会社の始業に遅刻してしまう。今の上司は時間に厳しい人だった。 事務職をしている小さなメーカーでは、朝から夕方まで、データ入力やコピー取り、言われたことを淡々とこなしていく。足りなくても叱られ、出すぎていてもたしなめられて、理不尽なことでも唇を噛んで頭を下げた。 大学では文学を学んだ私は、役に立つ資格も取っておらず、この職場では使えない存在だった。 それでもこの仕事を辞めなかったのは、立て続けに両親を亡くし、身寄りのなくなった私の、ただひとつの居場所だったから。 ――……私は、何のために生きているの……? そんなふうに思ってしまう時もあったが、この世に生まれてきたからには、生きていかなければならなかった。
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