千年を生きてきた人

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目の前にいる人は、本当に平安時代の貴族のように、色が白くスラリとし、見目形が整っているけれども、少し……いや、かなり頭のおかしい人だ。 「あの、私。この後用事があるので……。とにかく、ありがとうございました」 そう言って席を立って逃げようとすると、テーブル越しに腕が伸びてきて、手を掴まれた。 「これは誰にも言えない、僕の秘密だ。だけど、君にこの話をするのは意味があるんだ。透子」 その行動と言葉に、私の心臓が跳ね上がった。 どうしてこの人は、私の名前を知っているのだろう? 「君は、千年前の僕の恋人の、生まれ変わりなんだ……」 さらに訳の分からないことを言い出したことに、身の毛がよだつ。けれども、この人のあまりにも切ない目と声は、私を捕らえて離さなかった。 「平安時代の僕の恋人の桐子(とうこ)は、藤原の傍流一族の娘で、僕たちは葵祭の日に出会ったんだ。桐子の方から文をくれて、会ってみたら可愛い人で、恋に落ちるのに時間はかからなかった。桐子の父親にも許しをもらって、正式に結婚しようと思っていた矢先に、桐子は東宮のもとへ入内させることが決まっていると分かって……」 大学で、ずっと私が携わっていた王朝文学。そこによくあるような話。つまらない嘘だと思った。
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