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「うわあぁぁぁ! く、来るなぁ!」
守山裕太は叫び、手を振り追い払おうとする。
しかし、相手は全く怯まなかった。それどころか、さらに大きくなっている。動きも、心なしか活発化しているようだ――
今、裕太の目の前で起きている現象は尋常ではなかった。この世のものではない何か……真っ黒い影としかいいようのない存在が、彼から二メートルほど離れた場所で蠢いているのだ。まだ十歳の裕太にとって、それは今まで味わったことのない恐怖を呼び起こす。裕太は腰を抜かし、立ち上がることも出来ずに震えていた。
そんな裕太に対し、影はまるで生物のような動きを見せ始めた。黒く巨大な布のような形になり、床を這うように動いて向かって来る。裕太は為す術も無く、震えながら後ずさった。
やがて、影は裕太の顔に覆い被さって来る。悲鳴を上げながら目を閉じ、手で顔を覆う裕太――
「お前、何やってるニャ」
不意に、背後から声が聞こえた。明らかに人の声、それも女性のものだ。
恐る恐る、目を開ける裕太。すると、そこには依然として影がいる。黒い布切れのような影が……もっとも、その動きはピタリと止まっているが。
次の瞬間、影は現れた時と同じく唐突に消えてしまった。
裕太は振り返った。懐中電灯で、先ほどの声の主のいるであろう場所を照らす。
だが、そこに居たのは一匹の黒猫であった。
裕太は、その猫をまじまじと見つめた。田舎の猫にしては珍しく、とても美しい色の毛並みをしている。尻尾は長い。ちょっとした汚れなどはついているものの、全体的には痩せすぎておらず太りすぎておらず、前足を揃えて佇んでいる姿からは優雅ささえ感じさせる。
そんな、どこか超然とした雰囲気を漂わせている黒猫には、他の猫と決定的に違う点があった。長くふさふさした尻尾が二本生えていたのだ。
唖然としている裕太を、黒猫はじっと見つめる。
「お前、ここで何してるニャ?」
黒猫の口から発せられたのは、流暢な日本語であった……。
「えっ? 何で猫が――」
「お前は、日本語が通じないのかニャ? あたしは、何をしているのかと聞いたんだニャ」
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