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目を開けると、そこには静かな寝息を立てながら・・『僕』が寝ていた。
周りを見渡すと、清潔な部屋に、質素な内装。絵に描いたような病院の一室のベッドに、僕は寝かされている。
窓の外を見ると、日は出ておらず、騒がしい騒音も聞こえない。静けさの染み込んだ湿った空気が、現在の時刻を深夜ではないかと予想できた。
自分は目の前のベッドで寝ている・・・ならそれを見ている自分は誰なんだろう・・
病室の隅に置かれた鏡が目に入る。僕は自分を見る為に、その鏡の前に移動した。
しかし鏡を覗き込むと、そこには誰もいなかった・・・
僕は何だろう・・存在しない何かなのだろうか・・・しかし意識は自分の存在を認識していた。僕は僕だし、間違いなく存在している。
そもそも、なぜ僕は病室で寝ているんだろう。それを思い出そうと考える。
しかし・・・何も思い出せない・・・
ガチャ・・・
必死に思い出そうと考えていると、病室のドアノブが回される。
静かにドアは開かれ、そこから一人の年配の女性が入ってきた。
「母さん・・・」
それは僕の母親だった。
母は僕の寝ているベッドに来て、顔を覗き込む。悲しい表情をピクリとも変えず、じっと僕の顔を見つめる。
母は今ここにいる僕には気がつかない。この僕はやはり存在していないのだろうか・・・
うちは母子家庭である。母と僕の二人だけの家族。母はスーパーのレジ打ちと、飲み屋の皿洗いで僕をここまで育ててくれた。
そんな母が僕を見つめて悲しい顔をしている。たまらず、僕はここにいると伝えたかった・・・
しかし母には、ベッドに寝ている僕しか見えていない・・・
母は少し乱れた僕の布団を直しながら、かすれた声を絞り出すように呟く。
「この子は・・本当に馬鹿なことして・・・」
それは何を意味するのだろうか・・母の一言は僕の記憶を刺激する。
しかし具体的な何かを思い出すことができない。
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