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「ん?なんだいキミは?ボク今忙しいんだけど」
ぴのきおがすっとぼけた口調で男に言葉を返す。変声機を使っているらしく、声が妙に甲高い。
「テメェの事情なんざ聞いてねえんだよ!こりゃなんの真似だ!」
男は髪の毛を明るく染めていて、不良のような風貌だった。直接話したことはないが真司は彼の顔をよく知っていた。名前は確か小嶋雄大。美代奈のクラスメイトで、地元でも有名なヤンキーだった。
「俺はさっきまで学校にいたんだぞ。なのにいきなり真っ暗になったかと思えば、こんな訳の分からないところにいやがる。しかも、携帯の電波も通じねえし。テメェはいったい何者なんだ!!」
普段あれだけ威張り散らしている小嶋でも、さすがにこの状況には面喰らったらしい。声が微かに震えていた。きっと今、捲し立てたのも不安と恐怖の裏返しだろう。
しかし、それも無理もないことだった。
何故なら小嶋の言うとおり、こんなことは普通に考えてありえないからだ。誘拐にしても、ひとけのない深夜帯を狙うならまだしも、犯行は白昼堂々行われた。これはどう考えてもリスクが高いうえに、非効率的すぎる。
それにさっきまで屋外にいたはずが、一瞬で光も電波も通じない密閉空間に閉じ込められるなんて一体どんな原理だと言うのだ。それも一人や二人だけの騒ぎではない。あの一瞬で何十人もの人間がここに連れてこられたのだ。
CGやホログラム、薬物による幻覚症状などの可能性もあるが、真司たち一介の高校生にここまで大規模な仕掛けを施す理由がどこにも見つからない。これが夢でないと言うならなんだというのか。
真司は他にも考えられる可能性を洗いざらい探ったが、どれもこれも現実味のない発想ばかりが浮かんで、それが逆に目の前の現実を現実たらしめている。
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