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現につい先日も、たまたま出くわした窃盗犯をすれ違い様に投げ飛ばし、警察から感謝状をもらっていた。
きっと彼女の選択は未来の柔道界にとって大きな損失だったに違いない。真司は密かにそう確信していた。
そして黒川美代奈という人物もまた、真司にとって数少ない友人であると同時に良き理解者でもあった。しかもその密接な関係は幼稚園の頃から続いているもので、学校も小中高と一貫して同じ学校に通っている。
まさに腐れ縁と呼ぶに相応しい間柄だった。
あれから、しきりに頭を下げ続けている真司を見かねて、達也が救いの手を差し伸べる。
「違うんだ美代奈。俺が真司に言ったんだよ。俺、帰りに寄りたいところがあるから早く帰らなきゃって」
達也はそこで区切ると真司に向けて目配せをする。話を合わせろ、という意味だろう。達也の優しさが心にしみた。真司がそのあとを継ぐ。
「そ、そうなんだよ。急に達也が用事を思い出したって言ってさ。それで美代奈のクラスもいつ終わるか分からないから二人で先に帰ろうって」
真司は最後に「もちろん、連絡はこのあと送るつもりだった」と慌てて付け加えたが、果たしてそれが美代奈に通じるだろうか。緊張の汗が頬を伝った。
美代奈は低く唸ってから、大きなため息を一つ吐くと「今日だけだからね」と言って、今回の失態を水に流してくれた。
きっと達也の口添えが攻を奏したのだろう。真司は心の底より感謝する。恩に着る、と。
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