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懐かしい匂いがした。
鼻先をくすぐった匂いに胸の奥がざわりと大きな音を立てる。
何故か、たったそれだけのことだったけれど歩く足は止まってしまう。
冬を迎え始めた街の景色は、皆と出会った頃とはすっかり様変わりしてる。
季節は巡っても見慣れているはずの景色が、昨日までとは違って見えることもあるだなんて、嘘だと思っていたけれど、どうやら本当らしい。
「え、もう!気づいてたんなら教えてくれれば良かったのに!」
「いや、何か気持ち良さそうだったから………」
「もう!」
「ごめんって」
声をかけて欲しいあの人は、あの子へと話しかけたまま、あたしのほうへ向く気配は無い。
目の奥が、ツンとなって思わず空を見上げれば、澄んだ空気が冬空を綺麗な青色に染め上げている。
冬の訪れを告げる冷ややかな空気にそっと目を閉じる。
「何でなのかなぁ………」
「何がだよ」
「へ?」
1人呟いた言葉は、誰にも聞かれずに溶けてなくなるはずだった。
けれど、確かに応えた声が、1つ。
懐かしい匂いが、鼻先をくすぐる。
胸を無でるのは、ざわりとしたものでも、ドキリとしたものでもなかったのだけれど。
目を開けると、そこには
柔らかな冬の陽射しを纏った私の呟きに答えた声の持ち主の姿。
ズボンのポケットに手を入れたままで立ち止まり、こちらを見やる彼の瞳は、どこまでも優しいもので、沈みかけていたあたしの心に深く突き刺さっていく。
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