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日頃から、勉強も運動もできる兄を、少し妬ましく思っていたから。もし勝てたら、それはさぞ愉快な気持ちになれる気がした。
夏樹がうなずくなり、女性は頬に添えていた手を夏樹の胸にかざした。
その途端――ドクン、と嫌な鼓動に苛まれ、夏樹は息ができなくなった。思わず夏樹はむせ返る。
「契約成立ね」
なんのことかはわからないがそうつぶやいて、女性は唇を吊り上げた。
なぜか一瞬、夏樹はいい知れない不安に駆られる。
その直後。
「見つけたぞ、てめえ!」
柄(がら)の悪い怒鳴り声が、静かな公園に響き渡った。
びっくりして夏樹がそちらを見ると、派手な茶髪の若い男が、黒い上着をはためかせて鬼の形相で突進してくる。開花前の紫陽花の生垣を飛び越えてやってきたその男の目つきは、まるで獲物を見つけた狩人だった。夏樹が驚いて声も出せないでいると、男は突進した勢いのまま黒い手袋の手で女性に殴りかかった。
「鬼狩りか」
女性は少し焦った口調でそういって、猛然と振るわれた拳をひらりとかわした。
「逃げるな!」
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