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叫んだ男は、腰から凶器を取り出した。ナイフだ。おそらくベルトに鞘を通していて、そこから抜き取ったのだろう。その形はサバイバルナイフに似ていたが、刃が黒く、普通のそれよりも不気味だった。
突然の刃物男の乱入で、夏樹はパニックに陥った。なにもできず固まっていると、不意に頭上に影が差した。
「こんにちは」
場に似つかわしくない、穏やかなあいさつが降ってくる。
見上げるといつの間にか、眼鏡をした、頭のよさそうな顔の若者がそこにいた。彼も、いま女性に斬りかかっている男と同じ黒い手袋をしている。
五月の後半、こんな汗ばむ陽気の日に似合わないそのアイテムは、夏樹の目にはあまりにも不審すぎた。眼鏡の若者は、その手をゆっくりと伸ばしてくる。なにをされるかわからないのに、夏樹は凍りついたようにその場を動けなかった。
「逃げるのよ、坊や!」
茶髪の男から逃げ回りながら、女性が叫び声を上げた。正気に返って、はじかれたように夏樹は駆け出す。
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