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「待ちなさい」
眼鏡の若者が追いかけてきた。夏樹はリレーの本番以上の速さで地面を蹴る。体格と体力の差を考えれば虚しい追いかけっこかもしれないが、それでも夏樹は必死だった。
「うわっ……」
後ろで悲鳴が上がった。ほぼ同時に、なにかが地面に落ちる音も響いた。どうやら、眼鏡の若者が転んだらしい。この隙にと、夏樹は全力で逃走した。
繰り出すナイフは、ことごとくよけられた。よけるだけでなく女は、急激に伸びた爪で器用にナイフをはじき返してくる。それが生身でできる人間業でなければ、鋼鉄のように硬い爪も、さっそく人間のものではなかった。あの子供が背を向けたから、もう人間のふりをする必要がなくなったのだろう。
振るわれる両手の爪は、十の刃と同じだ。ナイフ一本で受けるには限度がある。
莉櫻(りおう)はバッと上着の袖をはためかせて左腕を振った。反動で、袖の中で腕に巻いていた鎖が手の内へ落ちる。悪趣味な蛇のようにとぐろを巻いて黒光りするその鎖を、莉櫻は束のまま横薙ぎに一閃した。鎖の両端には錘がついている。分銅鎖(ぶんどうぐさり)、あるいは万力鎖(まんりきぐさり)と呼ばれる武器だ。
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