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「……3年になるかな。母親が……」
黒澤くんは静かに話し出してくれた。
わたしは緊張感に体を強ばらせながら、じっと耳を傾ける。
「倒れたんだ。今は、病院を転々としてて……」
「……そうだったんだ……あの、ご病気なの?」
「……頭の血管が切れて……いわゆる脳卒中。障害が残ったから……半身不随で、要介護の状態」
衝撃的な告白に、気持ちが動転した。
母親って、お母さんだよね……わたしは自分の両親を思い浮かべた。
親というのは、元気で、少しお節介で、絶対的な存在のように思えていた。
そうじゃない。わたしはもう大人で、親は良い歳で、絶対じゃなくなる可能性はいつだって潜んでいる。
3年前というと、就職が決まった頃だろうか。
きっとその頃から、黒澤くんはずっと抱えて来たんだろう。
弟さんもいて、お父さんと3人、力を合わせて……。
黒澤くんは責任感が強いから、辛い時もあっただろうな……。
頭の中に巡らせていると、黒澤くんが口を開いた。
「……だから、楽しくないって言ったのに」
「ちが、ごめん……黒澤くん、頑張って来たんだなって思って……。辛かったね……」
声色に緊張が滲んだ。
黒澤くんの表情が歪む。眉間を寄せて、瞼を伏せた。
またわたし、まずいこと言ったかな……。
「あの……気を悪くしてたら、ごめん……」
「……そうじゃなくて。なんか、恥ずかしい」
黒澤くんが再び、窓の外へ視線を落とした。
確かに、大人の男の人が母親の話とか家族の話なんて気恥しいかもしれない。
「でも……」
黒澤くんが口を開いたので顔を上げた。
「……榊が居てくれて、良かった。」
視線だけをわたしに移し、言葉を放った。
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