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わたしはふたりを一瞥した後、すぐに前に向き直り、何でもないふりをした。
あの人確か……前に黒澤くんにコンパがどうとか言ってた人だ。
思い返していると、黒澤くんの声が聞こえて来た。
「じゃあ金曜日でいい?」
「まじか! 絶対だぞ! イケメン連れてかないと盛り上がらないからな」
「まぁ……行くだけなら」
え……黒澤くん、コンパ行くの?
そう認識した途端に、目の前が真っ暗になった。
頭はうろたえ気味だったけれど、気持ちをなだめようと心の中で巡らせる。
……そんなの、黒澤くんの自由だ。
わたしとは終わったんだから……というかそもそも、わたしとは付き合ってたわけでも何でもないし。
でも……その話、今わたしの横でする必要ある
ドクドクと波打っている心臓の辺りが痛い。
何となく耳に入って来る会話から察するに、そろそろあの男性は自分の部署へ戻るようだ。
ふたりが立ち上がり、彼を見送る黒澤くんを恐る恐る横目に入れた。
その横顔は、今朝わたしが見た黒澤くんと同じような雰囲気を持っていた。
笑顔が張り付いてる……。
そう感じた瞬間、わたしは気付いた。
仮面だ。
黒澤くん、完璧星人に戻ったのか……わたしの前でも、仮面を被って。
“元”に戻るって、こういうこと……。
そう考えてしまった時から、震えそうな手を隠すことに意識を割いた。
鐘が鳴り午後の業務が始まる。
一生懸命、平静を装いPCの画面を眺めた。
だけど、声が震えてしまいそうで電話には出られなかったし、依頼書の内容も全く頭に入って来なかった。
このままでは仕事にならない。危機を覚えたわたしは、鐘が鳴って30分も経たないうちに立ち上がった。
黒澤くんの視線を感じた気がしたけれど、振り返らなかった。
一度落ち着こうと、トイレに向かう。
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