いつかやって来るその時

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さすがにトイレには誰も居ない。 鏡を見つめると、酷い顔をしている。 「動揺してるの、バレたかな……」 ひとりごちて、益々悲しくなって来る。 黒澤くんが素顔を見せてくれた気がしていた、楽しかったこの1ヶ月半は、もう過去なのか。 あのキラキラして見えた日々は、一体何だったんだろう。 目尻に熱い液体の感触がして、鏡に視線を戻すと、涙が溢れていた。 どうしよう、化粧が落ちてしまう。 目元にハンカチを当てがったが、後から後から涙が零れ落ちる。 何て馬鹿なことをしてしまったのか。 大切だったのに、上手く大切に出来なかった。 自業自得だから、泣いてはいけない。 涙を押し込めようと、歯を食い縛った。 10分後、そっと部屋へと戻った。 ハンカチとティッシュを駆使してどうにか顔を直そうと試みたが、目元はともかく鼻の赤みが引かない。 幸いロッカーの前は隣の部署のロッカーと向かい合って通路になっており、デスクからは死角で助かった。 ロッカーの鍵を持って来ておいて正解だった。 なるべく音を立てないよう鞄を探り、ポーチを掘り当てコンシーラーを手に掴んだ。 皆に気付かれないようにさっと化粧を直し、何事もなかったような顔をしてデスクに戻る。 黒澤くんに不審がられていないことを願った。 日頃こんな時間にトイレに立つことはないので、無理な話だろうか。 幸か不幸か、そんな一連の動作の間に多少冷静さを取り戻せたらしく、その後は然程取り乱すこともなく業務をこなすことが出来た。 しかし、家へ帰るとまた黒澤くんで頭を一杯にして、ベッドに倒れ込んでいるのだった。 夜もよく眠れず、昼休みにはデスクに突っ伏して仮眠を取る。 仕事中に泣くことさえなかったが、集中出来ず席を立つことは増えたかも知れない。 毎日どうにかして1日を終えた。
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