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「私はピアニストだったけれど、不慮の事故で小指を失くしてしまったの」
女性は、透き通った小指を幾分曲げて見せた。
「そうだったのですか」
こんな時、どのような言葉をかけたら良いものかと、考えあぐねていると、ふいにタキシードの袖がぐいと引っ張られた。
見ると、瞳の大きな少年が僕に笑いかけている。
「僕はね、ハム太を失くしたんだよ」
少年の肩の上には透き通ったハムスターがちょこんと乗っていて、ひまわりの種を一心不乱にかじっていた。
「ハム太は、病気だったんだ」
女性も少年も、巨木を取り囲む人々は皆、静かに、ひっそり微笑んでいる。
僕の胸がちりちりと痛んだ。
世の中に、こんなに悲しい微笑みがあることを、僕はその時初めて知ったのだ。
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