第一章 絶望プリズン

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 だが今、崇人の名を呼んだのは、所長ではない。いや、呼ぶには呼んだ。発信元が彼女であることに変わりはない。だが、声を発したのは彼女ではない。  一つには、彼女は日本語が話せなかった。しかし、どちらかというと、二つ目の理由が大きい。  所長は聾唖(ろうあ)だった。生まれつきの病気なのか、事故や怪我の影響なのかは知らないが、とにかく声を聞いたことはない。 「それが、日本代表選手のやることかな?」  所長の横に立っている軍服姿の若い女が声を張り上げた。  年齢は所長と同じ二十代半ばぐらい。宝塚歌劇団の男役を思わせる美麗な顔立ち。軍帽の下でまとめた短めの髪。細身だが、水泳選手のように肩が張り、黒レザーの軍服が恐ろしいほどよく似合う。
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