5人が本棚に入れています
本棚に追加
「いや…」
礼央は眉をピクピクさせ、何か魂胆があるのではないかと疑いの目を一ノ瀬に向けた。取り澄ました顔をしている教師が憎たらしい。何か考えていそうでいなさそうで…彼の表情はまるでつかみどころがない。
礼央にだけ大量の宿題を出すだとか、この寒い校舎の掃除をさせる、だとか。部活のある生徒でさえ登校していない誰もいない体育館をマラソンさせるだとか。
そういえば先日雪が降ったな、と思い出したところで礼央の背筋が凍った。まさか、だだっ広い校庭の雪かきをさせるつもりじゃ…。
考え出したらキリがないほど嫌な予感がまとわりついてくる。
そんな礼央の内心を読んだかのように、一ノ瀬がニヒルに口もとを綻ばせた。
「安心せ。おまえはこれさえ合っていたら赤点は取らなかった」
「はあ」
脱力感たっぷりに礼央が返事をした。
「俺の慈悲だと思え」
かたちだけ。他の教師や生徒の手前、追試というかたちは取っているものの、中身は温情たっぷりということだろうか。
しかし礼央は、教師の温情を信じそうになって立ち止まる。それともわたしに情けをかけ、弱味でも握ったつもりなのだろうか、このドSな性格の教師は。
だが一ノ瀬は、猜疑に揺れている礼央の内心を見透かしたような惚けた目を向けた。
「五分で解け。俺はあと十五分でここを出なければならない。今日帰省するからな」
そういうことか、と礼央は口をへの字に曲げた。ご自分の都合ですか。一瞬でも教師の温情を信じようとしたり否定しようとして考えを巡らせた自分が馬鹿だと思い直した。
「早くしろ」
高圧的な命令口調。女生徒の中には、そこがいいのよね~などと言っている人たちもいるが、礼央には理解不能だ。壁ドンなんかされたら目からハートが飛び出るわ~って、ただ単にSな性格の男から俺のもの呼ばわりされたいだけなのだ。自分はごめんだ。
最初のコメントを投稿しよう!