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仕方なく、礼央は鞄から筆記用具を取り出して問題を解きはじめた。解く手順も数字もすべて覚えている。答え合わせのときに自分のミスが単なる計算違いだったことを後悔したのはつい先日のことだった。五分もかからずに終わり、答案を一ノ瀬に渡す。
「よし。学年末の試験は赤点取るなよ。他の教科は出来がいいのになぜか数学だけは苦手みたいだからな、おまえ」
痛いところを突かれ礼央は返事に窮する。そうなのだ。小学生の頃から算数が苦手で、中学、高校になっても数学は大の苦手なのだ。
「いいか、わかったな」
「はーい」
と礼央の返事はあまりにも怠惰である。そんな礼央を見て一ノ瀬は苦笑いをしている。
「じゃあ、わたし帰ります」
席を立とうとした礼央を、一ノ瀬が「ちょっと待て」と止めた。
「座れ」
再び高圧的な命令口調である。
「は? だって先生、時間がないんじゃ」
「十五分と言っただろう。あと十一分ある。本題はここからだ」
やはり。一問で終わると思った自分が馬鹿だった。追試がたったの一問で終わるわけがないのだ。騙された気分で礼央は薄目で一ノ瀬を睨んだ。
「実は、本来の追試は昨日終わっている」
「は? わたし、昨日は呼ばれてないんだけど」
おかしいとは思った。いくら自分が馬鹿だといっても追試が自分ひとりだけであるわけもない。クラスメートの中には自分よりも数学が苦手な生徒がたくさんいるし、何にせよ容赦ない一ノ瀬が作成する問題は難し過ぎる。
前の教師も厳しかったので追試仲間がクラスの半数近くになったことさえあるし、毎回必ず誰かしら仲間がいた。あの教師よりも難しい問題を作成してきた一ノ瀬の試験問題を、自分以外のクラスメートたちが全員無事にクリアしていたとは考え難かった。
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