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「昨日は昨日。おまえは追試を受けるほどじゃないからな。この問題さえ単純ミスしなければかろうじて今回は免れていた」
「じゃ、じゃあ、何でわたしをわざわざ今日になって呼び出すんですか」
掴みかかりそうな勢いで礼央が喚いた。
「言っただろ。ここからが本題だと」
一ノ瀬の態度は落ち着いたものだ。
「意味わかんない」
礼央は不貞腐れて口を尖らせた。
「早速だが本題に入る」
ギロリと一ノ瀬が礼央の目を見据えた。黒目がかち合う前に咄嗟に礼央は目を逸らす。礼央の本能がある種の防衛を働かせていた。
「逸らすな」
一ノ瀬は相変わらず威圧的だった。鞄の中から桐の小さな箱を取り出し、開けた。中から鋼(はがね)色の塊を出し、礼央の前に置く。見覚えのある塊。魚の鱗のような皮で覆われた玉。所々鱗が剥がれている。鱗の縁が青黒い光を帯びている。
礼央の家にあるものと同じものだった。ただ、色が違う。
礼央はまじまじと玉を見つめた。そして上目遣いで一ノ瀬を見る。
どうしてこれを一ノ瀬が持っている?
だが礼央は、フッ、と小さく笑った。考えずとも自ずと答えが決まっているのを、礼央ははっきりと認識する。
「おまえの本性を見せろ」
と一ノ瀬が言った。
礼央は無言で一ノ瀬を見返した。少しだけ目を眇(すが)め、一ノ瀬の心の底を覗くように真剣な眼差しを向ける。
礼央は手を伸ばし、一ノ瀬が目の前に置いた鋼色の玉を手に取った。先刻まで感じていた寒さは消え、変わりに身体の奥深い部分から目覚めたような熱い血が瞬時に全身を駆け巡っていく。
それをそのまま一ノ瀬の手のひらに戻す。一ノ瀬が玉を乗せた手のひらを閉じた。何かに取り憑かれたみたいに一ノ瀬の目の色が深い青味を帯び、一瞬だが髪の毛が逆立つほどの身震いが起こった。礼央は自分の目が赤味を帯びていることを悟った。
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