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一ノ瀬が赴任して来てから、そういえば、と思い至ることは確かにあった。ときどき目が合うのだ。小テストや学期末試験のときに礼央がふと顔を上げると、必ずといっていいほど、一瞬だったが試験官をしている一ノ瀬と目が合った。
あれは自分を探っていたのか、と納得する。「安宅」という苗字の生徒はこの学校には自分しかいない。だが狭い島だ。いとこたちが他にもいる。安宅家の中の誰がそうなのか、一ノ瀬にしても確かめたかったのだろう。
この出会いは果たして偶然なのだろうかと、礼央は思った。一ノ瀬にしても同じだろう。何かの布石があって出会うべくして出会ったのだとしたら、自分はもう本当にあのことから逃げられない。
先に生徒指導室を出た礼央を一ノ瀬が後ろから呼び止めた。
「礼央」
苗字ではなく名前を呼ばれた。
「え?」
少し驚いた礼央が振り向く。まさか名前で呼ばれるとは思いもよらなかった。
一ノ瀬はそんな礼央を真っ直ぐ見つめた。
薄暗い学校の廊下を背景に彼女が目を丸くしている。生意気だが、みかけによらず初心で、何よりも真っ直ぐで、好感の持てる女生徒だ。少々プレッシャーをかけても彼女なら挫けないだろう。そう感じ一ノ瀬は言った。
「島を守れ」
礼央はごくりと唾を飲む。フーっと息を吐き、頷いた。
「やれるだけのことは、やる」
うっすらと微笑む教え子の顔に教師は頷き返した。教え子の目はもう穏やかになっているが、その奥の深い部分には決意に満ちた闘志が漲っている。一ノ瀬はそのことを確認し、満足そうに微笑み返した。
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