#1  決意

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 普段滅多に笑わない教師の笑顔に礼央は一瞬戸惑った。今度はきちんと目まで笑っている。女子には必殺技の一ノ瀬スマイルだろう。はっきり言ってカッコイイ。そう思ってしまった自分を隠すように礼央は、 「先生もね」  と強気に一ノ瀬を指差してみせた。 「ああ、お互いに、な。じゃあ、いい年末を迎えろよ」  良い年を、とは言わない。 「そうね、先生もね。よい年末を」  礼央の確かな足取りを一ノ瀬は見送った。そして、 「おっと、俺も早くしなきゃ」と踵を返した。  年が開けるまで、あと五日。  家に帰った礼央は、安宅家の離れにある祭壇の間を訪れた。ここは滅多に人が来ない。神殿さながらにつくられた純和風な建物であるが、別段安宅家が神社というわけではない。  住神町の町議会議員を祖父の代からやっている。その前は薬を扱う問屋であったと聞く。父親の安宅順平は二代目議員である。  祖父・安宅喜代重が亡くなる三日前、去年の春のことだった。礼央はこの離れに呼ばれ、その事実を知らされた。  安宅家が千年も前に、鬼を封じ込めた者を祖とする家系であることを。  島にそんな言い伝えがあったことは礼央も知っていた。  だが、伝説や伝承といったものはたいてい教訓めいたものを人々に授けるために創作されたものに過ぎないという範疇を超えていなかったし、俄かには信じ難かった。  この島にもともと鬼が住んでいて、それを異界へと追いやったのが安宅家の祖と言われる人物で、…と詳細を聞いてもなお、それが本当にあったことだと言われてもピンと来ない。それどころか祖父は身体が弱って認知症になってしまったのか、とそちらの方を疑ったくらいだ。
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