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祖父は祭壇から小さな桐の箱を持ってきた。そんなものがあったことさえ礼央にはわからなかった。
祖父が開けた箱の中から出て来たものは鋼色の小さな丸い物体だった。丸いがごつごつとしていて、所々メッキが剥がれたみたいな、あるいは魚の鱗のようなものが飛び出している。大きな魚の皮を丸めて拵えた彫金のようなものだ。鱗の端々が赤黒く光っている。
「何? これ」
「これはおまえが生まれたとき手に持っていたものだ」
「……」
祖父はとうとうこんなことを言うようになってしまったのか。礼央は落胆のあまりまともに祖父の顔を見ることができなかった。
「おまえの父親が何と言おうと、おまえは町会議員などというくだらない仕事を継ぐなどと考えるな」
「いや、考えたことないし」
自ら就いていた仕事をくだらないと言い切った祖父の目は、少しばかり怒りが滲み、充血していた。小さな島だからといって政治の世界は一筋縄ではいかないもの。そのことは何となく礼央にもわかる。
だが、祖父がそれまで頑張って来ていまもなお父が頑張っている仕事を、くだらないという一言で一蹴されたくないという思いが礼央の心に湧き立ってきた。
「おまえは女だが、女にしておくのがもったいないほど利発で、物怖じしないしコミュニケーション能力もあると思う。順平はおまえを跡取りにしたいようだが、おまえにはおまえの人生がある。気にするなよ」
「いや、だから、お父さんが何を言ってもわたしにはその気はないし、ってまだわたし中三だよ。将来設計は早くない?」
「いや、そんなことはない」
そう言い切った祖父に礼央はたじろいだ。祖父は威厳に満ちた目で礼央を見据え、低い声で告げた。
「おまえにはやるべきことがある」
「え? やるべきことって…」
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