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祖父の言葉に礼央は戸惑った。何を言われるか嫌な予感しかせず、祖父の前からの逃亡願望を必死に堪えて座っていた。逃げ出せない雰囲気が祖父と自分の間に漂い、重圧となって礼央に降りかかってくる。
「おまえは、これを持ってこの世に生まれ出た」
もう一度祖父が言った。
「いや、あの…」
小説や漫画じゃあるまいし、そんなことあり得ない。そう言おうとしたが酸欠を起こしそうな金魚みたく、口をパクパクさせただけだった。
何を言っても祖父には無駄だ。威厳のあるときの祖父はそういう人物だった。誰が何を言っても聞き耳を持たないところがある。
案外、祖父が自分のしてきた仕事をくだらないなどと言ったのは、祖父のそういうところが原因だったのではないのかと礼央はチラリと思ったが、それを口にできるほどの勇気はさすがになかった。
礼央は不安げな瞳で祖父を見つめた。一刻も早くこの場から逃れたい。その思いが警告を与えるサイレンのように幻の音となって礼央の耳に木霊する。
「安宅家は鬼を封じた家。わたしとて島の言い伝えを100パーセント信じて生きてきたわけではない。世の中には伝説やら迷信やらというものをやたらと信じる輩がいるが、わたしはそんなものとは関係なく生きて参ったと自負しておる。しかし…」
哀れみを含んだ目を祖父に向けられ礼央はたじろいだ。何気なく祭壇の間を見渡す。いつも不思議だった。なぜ、この家にこのような祭壇があるのか。代々神社でもなく普通の家の離れだというのに、まるで異空間のように広がるこの部屋の意味。一族の誰に訊ねてみてもはぐらかされ続けてきた。
白木で出来た祭壇。注連縄で飾られ、水、塩、御神酒を母がせっせと運んでいる。ご先祖様の代から随分信心深い家なんだなあ、程度に思ってはいても、他の家にはない、神棚の域をはるかに上回る一部屋に何か意味があるような気がして今日まで来たのも事実だった。
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