5人が本棚に入れています
本棚に追加
「礼央、この玉を、龍の目を、操れるようになれ」
祖父が言った。威厳に満ちた高圧的な命令口調だった。
礼央は返事をしないまま龍の目を箱に戻し、祭壇に置いた。祖父には何も言わず、祖父を残して離れを出て自宅に戻る。そのまま洗面所に向かった。無性に顔を洗いたかった。
だが、鏡に映った自分の顔を見て礼央は絶句した。瞳が、黒かったはずの瞳の縁が、見たこともない真紅に染まり、まるで牙が噛んだあとのような傷が唇の両側についていた。
祖父が認知症になったわけではなく、自分が夢を見ているわけでもなく、自分が生まれたときに持っていたという龍の目を触ったために自分に変化が起きたのだ。
「え? 信じるしかないってこと? こんなこと…」
祖父は祭壇の間に礼央を呼んでから三日後に心不全で亡くなった。まるで自分の死を悟っていたかのような打ち明けだったことも、礼央の心を打ちのめすには充分だった。
龍の目は二つあった。いけ好かないと思っていたあの新任の数学教師が相方だったなんて。一ノ瀬という苗字からして、恐らくは亡くなる前の祖父が言っていたように、母方が安宅家の出身なのだろう。
祖父の打ち明け話を聞いて以来、礼央は毎日龍の目に触れ、操れるように訓練をしている。
相変わらず何者かに乗っ取られそうになるが、その度にどこからともなく一陣の風が吹いて憑依は解かれた。数秒が数十秒になり、数分になり、十分を超え、龍の目を持っても魂が持って行かれそうになるまでの時間が伸びていく。
最初のコメントを投稿しよう!