5人が本棚に入れています
本棚に追加
1年1組の扉を開けると誰ひとり来ていなかった。
「え? 今回の追試って、わたしだけ~?」
驚愕の事実を知らされたかのように、礼央は大袈裟に仰け反った。
仕方なく席に着こうとしたところで、黒板に、
「生徒指導室まで来い」
と、やたらでかでかとした命令口調で書かれていることに気がつく。しかし字自体は丸みを帯びていて、女生徒が書いたと言っても通用しそうだ。
礼央はその字を見てため息をついた。命令口調とは似ても似つかない漫画チックな文字。それがクセなのか、しょっちゅう片眉を吊り上げている二十代の男性教師の顔が再び脳裏にチラつく。それをすぐさま払拭したくて頭の上を手で払う。
「フン、通教でペン字でも習えっての、教師のくせにこの字はないわ」
漫画チックな文字を睨みつけてから、礼央は勢いよく扉を閉め、生徒指導室へ向かう。
「ああ、もう。せっかく階段上がったのに」
階段の下から冷気が自分に向かって来ているようで、礼央はオーバーの上から自分の身を両手で抱え込むようにしながら、足早に階段を下りた。毛糸のパンツも、八十デニールの黒タイツをはいていても、学校内は底冷えしている。足元から這い上がってくるような寒気を振り払うように、急ぎ足で駆け下りる。
職員室の向かいにある小さな部屋の扉を開けると、
「ノックぐらいしろ、馬鹿が」
口の悪い数学教師、一ノ瀬良太(いちのせりょうた)が礼央を睨んで出迎えた。礼央はわざとらしく、すでに開けてしまった扉をゴンゴンと叩く。
「ノックしました。入ってもいいですか」
「嫌味臭いやつだな。入れ」
どっちがだ? と反発が口から出そうになったが、
「失礼します」
と生徒指導室に入った。
最初のコメントを投稿しよう!