第一章

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さつきは正樹と「月華」にいた。 観光客で賑わう商店街とは反対側の小さな商店街の一角。魚が美味しいと人気の小料理店だ。 約10年ぶりに会う正樹はさつきの小学校からの友人で、いまは地元の小学校で先生として働いている。10年前には新米教師として熱く語っていた正樹も経験を重ね、いい意味でも悪い意味でも「先生らしく」なっていた。それまでに旅行の添乗員や劇団の制作など、様々な職種を経験してきたさつきにとっては新鮮な話でもあり、教育の現場という限られた世界の話を続ける正樹との会話が、少しつまらなくも感じ始めていた。 「またいつか、みんなで集まれたらいいね」 と、他愛ない会話を続けてみる。 よく冷えたビールと新鮮なカルパッチョを口にしながら、「そういえばそろそろ同窓会をしてみるのもいいのかな」と、さつきは違うことを考え始めていた。 さつきは20代から何度か転職を繰り返し、昨年の秋から厨房機器の会社の小さな営業所で事務の仕事をしていた。30歳を目前に正社員の仕事につけたことは、嬉しくもあり、また事務員として同じ業務を繰り返す毎日に少しつまらなさを感じている時期でもあった。正樹とは中学校まで同じ学校だったが、小さい頃から勉強ができた正樹は、さつきとは違い県内でもトップクラスの高校へ進学した。それでも、年賀状のやり取りやEmailでのやり取りは続いていて、30歳の頃には一緒にドライブへ出掛けたこともあった。さつきは彼の頭がよく、自分の意見をはっきり言うところに好感を持っていた。だからこそ、もう少し色んな世界の話をしたかったのにな…と、教育の話が続くいまの会話が少し淋しく感じられたのかも知れない。 「じゃぁ、そろそろ帰ろうか」 普段は自分からあまり口にしない閉会の言葉で、久々の再会の場を終えることにした。 「仕事って、10年って、こんなにも人の方向性や興味を変えるものなんや…。」 と、正樹との会話を心から楽しめなかったことに少し後ろめたく感じながら、さつきはお気に入りの自転車で家路についた。少しもやもやした気持ちを、夜風が追い払ってくれるかのようで、心地よく感じる。 「ただいま」 と言っても、一人暮らしのさつきの部屋から返事はない。 ほろ酔い気分のまま、さつきは何となく小学校の卒業アルバムを引っ張り出してきた。今日は土曜日。明日の予定は特にない。
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