謎のボタン

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「うむ。その答えは一理あるが、さっきおまえが言った『何も見えない』状態で体を触っても、体があると認識できるかな?」 「ええ? できるんじゃない? だって、自分の手が触って、同時に触られた感じもすれば」 「自分の手が触ったのは別の何かで、同時に別の何かが自分を触ったのかもしれないだろ」 「自分のすぐ前に誰かいるってこと? それ、気持ち悪いんだけど……。あ、他の人はいないんだから、触ったのは自分じゃん」 「人に限らず『何か』って言ったんだがな。――しかしな、何も見えなかったら判断ができないだろ。自分の手の長さがわからなきゃ、どこまで伸ばしてるのかもわからないし、他人がいないことも確認できない」 「じゃあ、目は見えてるってこと?」 「そうなるな」 「でも、真っ暗闇なんじゃなくて?」 「おまえ、真っ暗闇で自分の体が見えるか?」 「見えないよ。でもそういう設定なんじゃない? 真っ暗だけど、自分の体だけは見える」 「無茶言うなよ。完全に闇だったら、自分の体も見えるわけないだろ。自分の体が見えないほど真っ暗だったら、目を開けてるのか閉じてるのか、寝てるのか起きてるのかもわからねえじゃねえか。もっと言えば生きてるのか死んでるのかもわからない。それは前提に反するんだよ」 「じゃあ、光はあるってこと?」 「そうなるな。ついでに、けっこうな広さの空間でもあるはずだ。もし狭い個室に閉じ込められてるんなら、壁の向こうに誰もいない確信が持てないし、自分を閉じ込めた誰かの存在を意識しちまうだろ。『脱出する』という目標を与えることにもなる」 「希望があったらいけないわけね。いくら探しても、誰もいない、何もできることがない、ってわかる状況でないと」 「そうだ」 「それ聞くとさ、やっぱ押せないよね」 「そうかな」 「だってその状態で五億年でしょ。退屈すぎるよ」 「五億年経ったら、ボタンを押した瞬間に戻って、その間の記憶も体の変化も何もないとしてもか?」 「忘れるとしてもさ、その五億年の間はずっとつらいわけじゃん。実際の短い人生の何倍苦しむんだよ」
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