謎のボタン

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「そもそも、いつだって『今』しかないからな。『ああ、俺、年取ったなあ』って思うのは、去年と比べて腹が出てきたとか、肩や脚が上がらなくなったとか、昔付き合ってたかわいこちゃんがいつの間にか結婚して子ども産んで一人前のババアになってたのを知ったときだろ」 「たとえがピンと来ないよ。あと、口が悪い」 「若造め。――おまえも二十年も生きてれば、子どもの頃と街が変わったなあと思うだろ。このコンビニ、前はボロい個人商店だったのにな、とか」 「ああ。あるね。――小学校の登下校のときにさ、墓場の近くによく出没するホームレスのおじいさんがいて、牛乳嫌いな友達が給食の牛乳をあげたりしてたんだけど、その人がだいぶ前に死んでたっていうのを、去年かな、知ったんだよ」 「……おまえのたとえも個人的すぎるだろ」 「それ聞いて俺、びっくりしたんだよね。でも、考えるともうあれから十年も経ってるんだなって。あのときもうおじいさんだったんだから、死んでてもおかしくないんだ。でもそんなこと考えもしなかった。なんか、自分は小学校のときと変わった自覚がなくて、まわりも全部そんな気でいた。でも、時って流れてるんだね」 「はあ、おまえにとっちゃ十年は小学生が大人になるほどの時間か。俺にとっちゃそう長くもないんだがな。まあ 、そういうことだよ。自分にしろ他人にしろ街並みにしろ、何か変化を知ってはじめて時間の経過に気づく」 「うん。大人と子どもで、感じる速さも違うって言うしね」 「逆にだな、変化がないんなら、どれだけ時間が経っても昨日は昨日のままじゃないか? ここで言う『昨日』は、ボタンを押す前日って意味だが」 「一日の区切りがないんだからね。五億年が長い一日みたいなもんだよね」 「あとな、退屈には違いないだろうが、それほど苦痛かな」 「苦痛でしょ?」 「即答する前に考えろよ……。ふつう、つらいって感じるのはどういうときだよ」 「仕事がつらい、人との関係がつらい、早起きがつらい、虫歯がつらい……あ」 「な」 「そっか、悩むことが何もないんだ」 「だいたい、つらいって感じるのは『この先どうやって生きていけばいいんだろう』みたいなことだろ。金がなくてつらい、病気でつらい、思いどおりにならなくてつらい、言い換えると『不安だ』みたいな」
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