パレット

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 椎名の顔が橙色に染まって見えるのは、この空のせいだろうか。  気のせいかもしれない。  それでも。  思い出す。  智紘が自分の似顔絵に塗った色。  パレットに広がった橙色と同じ色が、椎名の頬にも広がっていた。  あまり見ていると、また怒られるかもしれない。  それでも・・・・。  眼が離せない。 「・・・・ああ、そうか」  不意に椎名が口を開いて、はっと我に返った。  自分が凝視していたことには気づいていないようだ。  椎名の視線はいまだ空に向けられたままで。  ほっとすると同時に、少し早くなった心臓が気になる。 「この空・・・・」 「え・・・・?」 「なにかに似ていると思ったんだ」 「なに?」  問いかけると、椎名がゆっくりと振り向いた。 「おまえに似ているんだな」  いわれたセリフと、はじめて見る椎名の笑顔に、心臓がひときわ高く鳴った。 「気になってたんだ」 「え・・・・?」 「なんでおまえがこの空ばかり見ているのか」 「・・・・」 「いまなら、わかる気がする」 「・・・・」 「俺も好きだ。この空」  そういった椎名の顔にはもう笑顔はなかったけれど。  どうしてだろう。  胸が熱い。  まるで、この空のようだ。  穏やかで、そしてあたたかい感じは、この空のようだ。  智紘がいった、あったかい、という言葉が、胸に染み込んでくる。  紛らわすかのように、空を眺めた。  そうすれば、こころなしか熱くなりかけた頬も、この色によって誤魔化せるだろう。  赤々とした夕日。  橙色の光。  いまのこの色を眼に焼きつけておこう。  広大なパレットに描かれたこの色を、いまは覚えておこう。  夕焼けはやっぱり眼に染みて。  それでいて、ちょっと眩しかった。
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