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ご飯を食べて、風呂に入って。
家の片付けも全て終わり、芽衣は矢部の座るソファの隣へ腰掛けた。
矢部はウィスキーが揺れるグラスを手にボーっとテレビを見つめていて、芽衣は持ってきた温かい紅茶を啜った。
「はー。今日も一日終わったねー」
何気なく、を装い口に出す。
フーフーと息を吹きつけ、もう一口紅茶を啜った。
矢部の持つグラスから、カラン、と氷の音がする。
ソファの前にあるローテーブルの上にグラスが置かれ、その中身は殆ど減っていなかった。
矢部はじっと芽衣の横顔を見つめていた。
熱い紅茶を冷ましながら飲む姿はほほえましく、目尻が下がる。
ちらりと矢部の視線を気にするそぶりを見せ、芽衣は困ったように目を伏せた。
紅茶が半分無くなった頃、矢部は芽衣のマグカップを取り上げテーブルへ置いた。
「芽衣、」
小さめの、低い声が芽衣を呼んだ。
「…………結婚して、5年経つ」
「……うん」
「お前は……芽衣は、」
そこで一瞬口を噤んだ矢部は、切なげに眉を寄せ、芽衣の頬を撫でた。
「子供、……欲しいだろ?」
芽衣は目を大きく見開くと、ぱちぱちと瞬きをした。
キョトンと小さく首をかしげ、長い睫毛が上下する。
矢部はキスをしたい衝動を堪えながらじっと見つめた。
「……子供?」
「あぁ。子供」
「どうしたの?急に」
「急ではない。結婚してから考えてはいたし、避妊もしてねぇだろ」
「…………そう、ですね」
「照れるな」
「っ、いや、」
矢部は苦笑を洩らし芽衣の額をツンとつつくと、同じ場所に一度キスをした。
「アイツ等のガキ見てる芽衣を見てたら……5年経つのに出来ねぇな、なんて思ってな」
「あー、……うん、そうだね」
芽衣の視線は宙を見つめ、「5年かぁ」呟いた。
「理人は?」
「……うん?」
「やっぱり子供、欲しいよね」
芽衣が覗き込むと、今度は矢部が宙を見つめた。
眼鏡の奥の瞳は真剣に、そして僅かに眉が寄る。
矢部は一度目を伏せると、芽衣を見つめ困ったように微笑んだ。
「俺は……そうでもない」
「……え?」
「いや。本当だ。夫婦なんだし、出来たらそれは嬉しいと思う。そうなってもいいつもりでいたが」
「うん」
「もしこのまま出来ねぇなら、それでも良いと思う」
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